旅するぽんきち♂

クライミングと食欲の狭間で苦悩するぽんきち♂の日記。

Adventure Club 【2025.8/9(土)駒ヶ谷】

私のoutdoor活動の履歴書として、そして今の自分の成り立ちにおいて欠かせない経験がある。それは小学校3年生から始めたアドベンチャークラブ(通称:アドベン)という青少年育成を目的とした子供向けキャンプクラブだ。

Clubの成り立ちはよく知らないが、代表のMoriさんがとある青少年育成の仕事をしながらプライベートで始めたらしい。私は母親が幼稚園のママ友かなんかから紹介されて、よくわからないまま放り込まれたのが始まり。当時の私はスイミングや塾、音楽教室など母親のエゴ満載な習い事を山程させられたが、幼少期から持ち合わせていた類稀なる"我(が)"の強さでことごとく拒絶、母親も根負けしてこの子に習い事は無理だと思っていた様子。神経質だった我が子にどうせアドベンもすぐ辞めると言うだろうと半ば諦めながら通わせたそうだ。

初めて参加した活動も40歳を越えた今でも覚えている。場所は忘れたが知らない人たちに交じって日帰りのウォーキングをしたのだ。(ここで中学生まで仲良かったアサダヒロトヨと出会った。アイツはいまどうしてるんだろう。変だけどオモロイやつだった。)

アドベンは基本月に1回例会があり、泊まりもしくは日帰りの活動を代表のMoriさんと社会人リーダー、学生リーダーなどが中学生・小学生の参加者を連れて行ってくれる。リーダーも個性派揃いで、えびてん・どーとん・だんしゃく・りぼん・かんでんち・わたあめ・らぶらぶ・らっこ など、今でも覚えている。

夏には1週間くらいのサマーキャンプで母と子の島や大王崎、登山などの活動があり、12月と3月には同じく5日程度で戸狩の豊川荘(今はやってないらしい)にスキーに行く(ぽんきちがいまスキーを特技としてるのもこの経験からだ)。

さて、すぐにアドベンなんて辞めると言い出しそうな子どもだったぽんきちだが、毎回疲れてヘロヘロになりながら帰ってきて、母親が次はどうする?と聞くと「行く!」と答えたので目を丸くしたそうだ。本来なら野外活動なんか神経質な私は汚いとか言って嫌がると思う(自分でもそう思う)のに、不思議と辞めなかった、と言うか非常に長く続いた。最終的には高校生でリーダーになり、大学生の初めまで活動に参加した。

自己分析すると恐らく自分の中に親や学校から抑圧されたり、自分でも持て余していた"我(が)"を個性的なstaffや奔放な野外活動で開放させられる唯一の場所だったのではないか(あとどんなに土砂降りでも新聞紙があれば火を付けれるぞ!という中2病的な達成感や優越感を感じられたのも要因だと思う)。

昔のキャンプの内容はいまから思えば酷いものだった。参加当時はグランドシートと天幕が別々の、いわゆる三角テント(色は黄色だった)。グランドシートと天幕の間は隙間があるので虫は入り放題、雨など降ろうものならビシャビシャで、周りに溝をほったりしたがほぼ無意味、新聞紙を敷き詰めて濡れた中で寝たりした(台風でポールが倒れたまま寝ていた班もあったな)。食事も粗末なものだった。基本のメインディッシュは豚汁。あとは米。腹を空かせたガキは貪るように食った。

こんな過酷な活動だったが、その中に快適さとか楽しさとかを豪快に体現しているおっさんがいた。それが、アドベン代表のMoriさんだ。このおっさんは自由奔放でスキーにパラグライダーに登山にと、子どもの目から見たらまさにスーパーマンだった(台風で荒れ狂う大王崎の海にサザエを獲りに潜る姿は今も忘れない。しかし子供達にはサザエと鮑をいっぱい獲ってくる奴が偉い奴なのだ)。

また暗く少し歪んだ少年時代のぽんきちの良き理解者でもあった。よく話も聞いてくれたし、その返しもぶっ飛んでいた。親や先生は絶対いわないような返しがくるのは新鮮だった。それに小さなことで自分が鬱々としていても、このおっさんを見ているとそんな些細なことはどうでもよくって、もっと大きな楽しいことを考えようという気になった。というか単純に馬鹿なガキの私はその生き方に憧れた。

そんなMoriさんが7月に亡くなった。享年79歳、私にとっては早すぎる死だ。と言うかこのおっさんは死なないと思っていた。どうやら6月に癌が見つかり、あれよあれよという間に亡くなったとのことだ。

最後に会ったのは2015年、ログキャビンで泊まった時だ。そう考えると10年も顔を見てなかったのかと、少し悔やまれる。

f:id:tao_han_ten0829:20250821073710j:image2013年には当時住んでいた広島で楽しく一杯。

8月9日、連休初日に駒ヶ谷のMori家に当時のアドベンメンバーとお線香をあげに行ってきた。えびてん、小エビ、あんぱんまん、りぼん、しの、なほ 少し老けたがみな相変わらずだ。

家には細君のHarueさんと次女のアトムも居てくださり、昔話に華が咲いた(癌が見つかってから屋久島行った話とかはMoriさんらしい)。特にHarueさんのお話は面白くて、私が憧れを持って眺めていたMoriさんの行動がいかに家族に迷惑だったかなど、この歳にならないと分らない裏話など、話は尽きなかった。

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Moriさんを送るに相応しい賑やかな空間だった。きっといろいろネタにされたり悪口を言われて草葉の陰でさぞかし怒っていることだろうw

そして恩師の死で学んだこともある。やりたい事は今すぐやっておく だ。人生は短い。この尊敬すべきおっさんはそうして生きてきた。だから見送る側も悲しみよりも、故人の破天荒な生き方を思い出して(苦)笑いとか微笑みが湧くのだ。悔いのないようにやりたい事はやる。こんな単純な事を改めて感じさせてもらった。

Moriさん、ご冥福をお祈りします。すぐにそっちには行かないけれど、その節は酒でも飲みましょう。